イヤホンがすぐに壊れるor失くすという、悪い才能を持つAAの小泉です。
カバンの中で紛失、出先での紛失、さらには自宅での紛失。
完全にイヤホンに嫌われていますね。それか、脳が縮んでいますね。
そんなわけで、家電量販店に行ってきました。
熱い日差しを受け、汗をかいた私を迎えてくれたのは、、、
ペッパー君でした。
「イラッシャイマセ、ボク、ペッパークンデス」
何故、この機械は名前を名乗るのだろうか?
そんな疑問が私をよぎります。
それはさておき、AI(artificial intelligence)が日常に浸透してきましたね。
最近ではスマホのアプリにも人工知能が登場してきたりもしています。
そんな人工知能が高度に発展したとき、人類と機械の違いはあるのでしょうか?
よく聞く考えに、「人間には“感情”があるが機械にはない」というものがあります。
本当にそうなのでしょうか?
AIは、相手の表情や言葉を認識して、組み込まれたプログラムから、状況に対応する感情を出力しています。つまり、認知→判断→感情というプロセスになっています。
人間はどうなっているのでしょうか?
心理学では次のように考えられています。まず、周りの環境を目や鼻などの五感を用いて認識します。その認識は自身のスキーマ*から大きな影響をうけています。そして、その認識から、感情を発信しています。
スキーマ*…自分の考えの基となっている考え
例えば、“規則を守ることが絶対”というスキーマを持つA君と“合理的なことが絶対”というスキーマを持つB君がいるとします。この2人が、「車が全然通っていない歩行者信号が赤になっている」という状況に遭遇したとします。その時、A君は「交通規則は守るべき」という認知が働き、信号で止まります。一方、B君は「車が通っていないのだから、合理的に考えると通ってもいい」という認知が働き、信号を進みます。
このように、人間もスキーマを通して認識をしている点において、機械とは変わらないのです。そしてこの先、人間と機械の境界線はますます不明確になっていくと思います。
私たちが人間であるためには“考える”ことが大切だと考えています。
現代では、情報が多く入るようになり、自分で考えることを放棄する傾向があると感じます。疑問が出た時、とりあえずスマホを出している人はいませんか?
私は、機械に依存する人が増えていき、考えることをAIに一任した時、人間は機械にとってかわられてしまうと考えています。ある意味、人類の崩壊です。
そのため、私は疑問にぶつかった時、すぐには答えを見ないようにしています。答えを見る前に、経験から自分の頭で仮説を考えるようにしています。そうすると、自分の仮説の間違えたところだけを効率的に勉強することができます。そして、考えるときのフレームワークを身につけることができるようになります!
また、生じる疑問は毎日異なるため、一日一日に印象をつけることができます。受験生は、毎日勉強だけの日を過ごすことになるため、惰性で過ぎてしまうことが多々あります。
自分の頭で考えることで、一日を強く感じてみてはいかがでしょうか?